副料理長は2番目に偉い

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「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」と「アパートの鍵貸します」に共通する普遍的な感動の構造

お断り:この記事は「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」と「アパートの鍵貸します」のネタバレを含みますので要注意して下さい。

U-NEXTでやっていたから、という極めて単調な理由で「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」を鑑賞しました

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”ひねくれぼっち”の高校生・比企谷八幡が「奉仕部」に入部し、美少女やギャルと出会い・・・!?残念な主人公が繰り広げる青春ラブコメディ!

鑑賞前は「このタイトル人を馬鹿にしてんの?」と思ってそこまで乗り気じゃなかったんですが、蓋を開けてみたらあら不思議。

2日目には2期の「やはり俺の青春ラブコメは間違っている続」まで見終わっていました。

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修学旅行を控えた八幡ら奉仕部に持ち込まれた依頼とは!?新登場の一色いろはも加わり、彼らの関係もさらに複雑さをみせ始める。八幡の高校生活はどんな展開を迎えるのか?(C)渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。続

結構な名作だと思うので観てない人には是非観て欲しいです。

感動の構造があの古典映画に似ている

(注)今から話すことは決してパクリ云々の話題ではありません。

で、この作品を観てて思うところがありました。それは「あれ?この作品の感動の構造って『アパートの鍵貸します』に似ていないか?」ということです。

(注)もう1回言っておきますが、これはパクリ云々の話ではありません。感動の本質に迫る話です。

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上役の情事の為に自分のアパートを貸しているしがない会社員バド。それもみんな出世のため。だが、人事部長がつれ込んできたエレベーターガールの女性フランは、バドの意中の人だった。出世か、それとも恋人か、最後にバドが選んだ答えとは……?

※名作ですが如何せん古い映画なので(1960年制作)知らない人も多いかと思います。(でも名作なので是非こちらも観てみて下さい。)

最初はただの直感的な感想だったのですが、段々と興味が湧いてきたのでこの感想について深堀りしてみようと思うようになりました。

というのもその感動の構造を理解することこそが、感動というものへの本質的な理解を促してくれるのかもしれないと思ったからです。

そして今回の記事は上記のようなプロセスを経て、上の2つの作品の共通点となる感動の構造について探ってみましたので、その内容を綴りたいと思います。

共通点となる感動の構造

では「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」と「アパートの鍵貸します」に共通する感動の構造とは何か?

それは理解されない自己犠牲への理解です。

意味不明なので解説します。しかしその為には2つの作品のあらすじを理解しないといけません。

今回は「アパートの鍵貸します」のあらすじについて下に掲載します。※「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」「やはり俺の青春ラブコメは間違っている続」については観た人を前提とした記事なので割愛させてもらいます。

ニューヨークの保険会社に勤めるさえない平社員のバクスター(バド)は、アッパー・ウエスト・サイドの安アパートに独り暮らし。バドは勤務中、4人の課長にせわしなく電話をかけて、スケジュールを調整している。というのも、自分の部屋を愛人との密会用に時間貸しして、勤務評価を上げて貰っているからだ。

ある日バドは、シェルドレイク部長のオフィスに呼び出される。社内での不審なメッセンジャーの動きや、バドが不自然に高評価を受けることについて詰問されるが、シェルドレイクも5人目に割り込み、そのうえ部長補佐への昇進を持ちかけてくる。気を良くしたバドは以前から気になっていたエレベーターガールのフランをデートに誘う。フランは快くOKするが、「ただし先約を済ませてからね。」と言い、会社を後にした。そして彼女が落ち合ったのは、シェルドレイク部長。彼の浮気相手というのはフランだったのだ。2人の仲は暗礁に乗り上げていたが、今でも会社の外で逢引きをする関係だった。そうとは知らないバドは約束をすっぽかされて、寒空の下で鼻をすすった。

クリスマス・イブ。社内を上を下へのパーティーの最中、フランは部長秘書のオルスンからシェルドレイクとの仲について嫌味を言われ、ひどく落ち込む。バドは陽気に彼女に接するが、ふとしたことからフランとシェルドレイクの関係に勘付いてしまう。しかも、今夜アパートの鍵を貸せと命じられている。やるせない思いで、次々にマティーニのグラスをひとり空けていくバド。そのころバドの部屋では、フランとシェルドレイクの別れ話がこじれていた。そそくさと家庭へもどっていくシェルドレイクを見送った後、フランは部屋で睡眠薬自殺を図る。バーでのヤケ酒から帰宅したバドは、ベッドでぐったりしているフランを見つける。慌てて隣人のドレイファス医師を呼び出して介抱するが、医師からはバドの女ぐせの悪さが原因だと誤解され、お説教されるはめになるが、フランに悪評が立つことを恐れて、バドは甘んじて誤解を受け入れる。彼は弱気になったフランを励まし、食事や暇つぶしのトランプゲームまで、かいがいしく世話を焼く。彼の優しさにフランも、「どうしてあなたみたいな良い人と、私は恋できないのかしら…。」とつぶやいた。

クリスマスの夜。思いがけず、憧れのフランとディナーを囲むことになり、張り切ってスパゲティをゆでるバド。ところが、フランの義兄カールがアパートの部屋に乗り込んでくる。会社の課長たちに悪評を吹き込まれた彼は、バドがフランの自殺未遂の原因だと早合点し、彼の顔面に一発食らわせた。バドもフランの名誉のため、カールにやり返さなかった。そのまま、フランは連れられて帰っていく。「ありがとう。」とバドの額へのキスを残して。

翌日、腫れた目のバドは、シェルドレイクにフランから手を引くように言いつけるつもりでオフィスへ乗り込むが、あろうことかシェルドレイクから、フランとの一件から手を引くように言い渡される。秘書オルスンが彼の妻に事実を暴露し、離婚することになったからだ。何も言えないバドは、昇進のしるしである個人オフィスで途方に暮れる。

大みそか。フランへの恋心を振り切るかのように仕事に打ち込むバドをよそに、シェルドレイクは再びアパートの鍵を貸すように命令してくる。ついに堪忍袋の緒が切れたバドは、鍵は貸さないとはねつける。シェルドレイクはクビきりをちらつかせるが、バドは「私はひとかどの人間になりたいんです。」と啖呵を切り、自分から会社を飛び出した。その晩、レストランでの年越しパーティの席で、シェルドレイクはフランにバドが会社を辞めたことを教える。そして、「フランを連れ込むのなら、なおさら鍵は貸せない」と彼が拒否したことも…。“蛍の光”の合唱が聞こえるなか、フランは、自分を本当に気遣い、愛してくれていたのは、他ならぬバドであると確信した。そして、シェルドレイクの目を盗んでパーティを抜け出し、バドのアパートへと駆けていく。

笑顔で部屋への階段を駆け上がるフランの耳に、しかし一発の銃声めいた音が聞こえた。不吉な予感がしたフランが戸をノックすると、栓を抜いたばかりのシャンパンを持ったバドが驚いた顔で出迎えた。彼は新年早々に引越しの準備をしていたのだ。「新しい町で、新しい仕事を見つけて、新しい人生を始めたいんだ。」と言うバドに、「偶然ね。私もそのつもりよ。」と返すフラン。そして、トランプゲームを再び始めようと提案する。ソファに座ってカードを切るフランに、バドは「愛してる。」とささやくが、フランはにっこり微笑んで「黙って、カード配って。」2人は、また新しくトランプゲームを始めるのだった。

さて、長々としたあらすじでしたが、「アパートの鍵貸します」の感動の構造を分かりやすく解説すると次のようになります。

まず感動に至るプロセスについて簡単に追ってみましょう。

①主人公の保険会社社員のバドはフランというエレベーターガールが好きである

②しかし、フランはバドの上司で既婚者のジェルドレイクと不倫している

③バドはあるタイミングで②の状況を知る

④ジェルドレイクはフランと過ごす為の部屋として、ホテルのように様々な人に貸し出されていたバドのアパートの部屋の鍵を貸すようにバドに云う。

⑤バドの部屋でフランとジェルドレイクの別れ話がこじれたのを原因としてフランはバドの部屋で睡眠薬自殺を図る

⑥帰宅したバドはフランが睡眠薬を大量に飲んで倒れているのを発見し、フランの人名救助や目覚めた後の世話を献身的に行う

⑦フランが自殺を図ったことについてバドは様々な人から誤解を受けるし、それが理由で殴られもする

⑧バドはフランの名誉の為に、⑦の誤解については一切弁解をせず、自分の悪事として引き受ける

⑨後日、ジェルドレイクは秘書の暴露により妻と離婚し、フランと再出発することになる(フランもそれを喜んで受け入れる)

⑩バドは⑨を受け入れるもジェルドレイクから再びフランと過ごす為の部屋としてバドから鍵を借りようとする

⑪しかし、バドは「フランを連れ込むのであれば、なおさら鍵は貸せない」としてこの申し出を拒否。その事でジェルドレイクにクビをチラつかせられるものの逆に自ら会社を飛び出してしまう

⑫大晦日、ジェルドレイクはフランと年越しパーティの席でバドが会社を自ら辞めたことを話す

⑬バドが会社とポストを捨てた理由がフランのためであったことをフランが知る

⑭フランは自分のために会社もポストも捨てたバドの愛に魅かれバドのアパートへ行く

⑮フランとバドはトランプゲームを始める(多分この後カップルになる)

この感動へ至るプロセスをさらに凝縮して抽象化すると次のようになります。

Ⅰ自己犠牲的に誰かに奉仕する主人公がいて、それを周りが理解してくれない(ヒロインはこの時主人公を好きではない)

Ⅱ最終的にヒロインが主人公を好きになるというⅠの対価を主人公は得る

そして、このたった2段階で構成される感動の構造が50年後の「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」「やはり俺の青春ラブコメは間違っている続」でも同じように採用され、作品を魅力的なものにしてくれています。

「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」では、主人公の比企谷八幡は自ら悪役を買って出るような自己犠牲的な行動で、次から次へと自らが所属する奉仕部へ来る同級生の依頼を達成していきます。

しかし、一部の人間を覗いて殆どの同級生からは、自己犠牲的な比企谷八幡の行動の表の部分だけが評価され、比企谷八幡は次第に嫌われていきます。

またヒロインである雪ノ下雪乃は完全には主人公の比企谷八幡を好きになってはいません。(最終回で告白する前の比企谷八幡を振っている)

ここまでがⅠに当たります。

そして「やはり俺の青春ラブコメは間違っている続」では比企谷八幡は1期と同じように振る舞いますが、その行動が原因で物語は大きく展開していきます。

そしてその展開の末に、最終回時点では比企谷八幡をヒロインである雪ノ下雪乃は好きになっているのです。(最終回で特別なバレンタインチョコレートを比企谷八幡に渡そうと意図している)

ここまでがⅡに当たります。

このように「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」と「やはり俺の青春ラブコメは間違っている続」の一連の物語には、「アパートの鍵貸します」に存在する感動の構造を同様にして見ることができるのです

まとめ

まぁ「だから何なの?」という話なんですけどね。別に結論は無いです。でもクリエイターやっている私としては創作の上で良いヒントを得た気がします。

だからメモ代わりに記事を書いただけの話です。もしこれがヒントになりそうな人はぜひブックマークでもして貰えると少し嬉しい気持ちになります。

さて、一応ですけど自己満的に一行で結論出しときたいと思います。

よく分からないけど報われない人へのカタルシスとそのカタルシスの原因となった悲劇の解決が人の感動の本質の一部なのかなぁ by副料理長

何はともあれどっちも面白いから観ると良いですよ。

カタルシスとは

「悲劇が観客の心に怖れ(ポボス)と憐れみ(エレオス)の感情を呼び起こすことで精神を浄化する効果」